
| 6 ―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。 あれから、俺はずっと考えていた。 仲間は皆、凄御にとられた。 轍生さえ。俺から去っていった。 凄御は、俺の傷だらけの顔を見て皮肉った。ヤクザには勝てねぇよなぁ。と。 もう、リターンマッチなんて必要ない。俺が頭だ。と、豪語した。 でも。 何か、もう、どうでもよかった。少し、独りになりたかった。 「てめぇ、ナメてんのか?」 学コの帰り道。 鎌倉駅に程近い、小町通りの一角。 一人の男――轍生。が、壁に背を預けて、腰を下ろしていた。 強かに殴られた傷が、頬に数箇所。 男たち5人に囲まれている。 「す、すい……ま、せん……」 ひび割れた、途切れ途切れの声。 轍生は、必死に声を出していた。 ……。 関係ねぇ。 もう、轍生は俺の仲間じゃねーし。背を向けた。 通り過ぎようとする、俺の目の前。 「この間の仕返しのつもりなんか、ワレ。」 飛龍だった。俺はバツが悪くてうつむいた。 飛龍は、ゆっくり近づいてくる。轍生に顎をしゃくる。 「仲間なんやろ。……ワレ、紊駕の言葉がようわかっとらんようやな。」 ―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。 考えてたさ。ずっと。 でも。 「っるせーよ!」 「坡!!」 飛龍が怒鳴った。条件反射で、肩が怒る。 「ワレぁアホか?信頼カンケーも何も無い友達つこて、何が楽しいのや。学コシメるコトしか頭にないんか!!……よう考えてみぃ。」 おもむろに声のトーンをあげ、そして優しく諭した。 不思議と心に沁みた。 ……信頼関係も何もない、ダチ。 強いものが弱い者の上に立つ。長い物には巻かれろ。 その通りだと思ってた。 ―――学コシメることしか頭にないんか。 学コの頭を殺る度、仲間は増えてった。 尊敬されて……。 ……。 「……べ、別に。お前に言われたから行くんじゃねぇからな。」 飛龍は、俺の言葉に微笑した。 俺は、轍生の側に駆け寄った。 「轍生!!」 「……つ、坡。た、助けにきてくれたのか、よ。」 轍生の苦痛にゆがむ顔が、少し和らいだ。 あたりまえだろ。思わず口にしていた。 俺は、男たちの群れをかき分け、腰を下ろして轍生を抱き起こす。 そうだ。尊敬なんて、本当はされてなかった。 どっかの学コから番格を奪う度、有頂天になってた。 でも、内心はびくついていた。 負けたら、仲間がいなくなる。そんな気がしていた。 現にそうだった。 俺は、負けられなかった。 プライドに賭けて。姑息で卑怯なマネをしてでも、勝たなきゃならなかった。 勝ち続けなきゃいけなかった。 男たちに背を向けた、その一瞬だった。 「オラァ!!」 「坡!!」 飛龍の声がした。 「っつ……。」 左頬に激痛が走った。 銀色のナイフに、どす黒い赤の血液が光った。 飛龍は、俊敏な動きで男の右手をナイフごと蹴り落とす。 金属音が響いた。 その後は、あっという間だった。5人の男は、一瞬で飛龍に伸された。 「大丈夫か?」 飛龍は無傷で笑った。 転がるように男たちは逃げていった。 また、差し出された、手。 俺は見つめる。 そうだ。 あの時のヤクザにだって、きっと飛龍なら勝てたんだ。 でも、飛龍は、手を出さなかった。 俺の、為に。 ……。 負けたら、仲間がいなくなる。と、思っていた。 勝ち続けなきゃいけない。と、思っていた。 でも。 そうじゃないだろ。 そうじゃないはずだ。 本当の仲間っていうのは。本当のダチっていうのは。 「……少しずつ。借りはかえしてくぜ。海昊さん。」 俺は、海昊さんの2度目の優しい手を、借りた。 頬から滴れた血を、ぬぐう。 海昊さんが、如樹。さんが。俺に教えてくれた。 俺の目を覚ましてくれた。 やっと分った。 妙なプライド。そんなモン。いらねぇんだ。 「坡!大丈夫か!」 轍生が俺の頬を心配してくれた。 大丈夫。と、俺の返答に轍生は心底ほっ。と、した顔をして礼を言ってくれた。 海昊さんにも頭を下げた。 「悪かった……。」 轍生が俺にも頭を下げた。今までのこと。 「いや。俺のほうこそ、ごめん。」 幼馴染で、ずっと一緒にいたのに。友達だと思っていたのに、本当の友達じゃなかった。 でも、これからは。 「ワレがケンカに負けたかて、何も変わらん。」 海昊さんは、左エクボをへこませた。 「そういうもんや、仲間って。虚勢張って人従わせたかて、そないなもん価値なんて、あらへん。そない仲間なんていてへんほうがええ。紊駕かてそういいたかったんや。」 ―――俺、おせっかいやくのすきじゃねーからよ。 そう。 自分で考えろ。ってコト。あんとき言われたのに、俺は気づきもしなかった。 如樹さんに勝ってたら、歯止めが効かなくなってた。 ―――おめえ、なんか勘違いしてねぇか? 言い訳なんかじゃなかった。番格なんて、関係ない。と、一蹴した如樹さん。 バカなこと考えるな。と、俺を諭してくれたのに。 俺は、メンツばっか考えてた。 仲間を助けにもいかなかったくせに。 ―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。 仲間。なんかじゃなかった。尊敬なんてされていなかった。 虚勢張って生きてきた俺。 やっと、終止符が打てるような気がした。 俺は、海昊さんと如樹さんに心から感謝した。 この傷―――左頬。目の下から口にかけて斜めに裂けていた。 それに誓って、俺はもう姑息で卑怯なマネは絶対しない―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |