Dark to Light
                                
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―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。

あれから、俺はずっと考えていた。
仲間は皆、凄御すざみにとられた。
轍生てつきさえ。俺から去っていった。
凄御は、俺の傷だらけの顔を見て皮肉った。ヤクザには勝てねぇよなぁ。と。
もう、リターンマッチなんて必要ない。俺が頭だ。と、豪語した。
でも。
何か、もう、どうでもよかった。少し、独りになりたかった。

 「てめぇ、ナメてんのか?」

学コの帰り道。
鎌倉駅に程近い、小町通りの一角。
一人の男――轍生。が、壁に背を預けて、腰を下ろしていた。
強かに殴られた傷が、頬に数箇所。
男たち5人に囲まれている。

 「す、すい……ま、せん……」

ひび割れた、途切れ途切れの声。
轍生は、必死に声を出していた。

……。
関係ねぇ。
もう、轍生は俺の仲間じゃねーし。背を向けた。
通り過ぎようとする、俺の目の前。

 「この間の仕返しのつもりなんか、ワレ。」

飛龍ひりゅうだった。俺はバツが悪くてうつむいた。
飛龍は、ゆっくり近づいてくる。轍生に顎をしゃくる。

 「仲間なんやろ。……ワレ、紊駕みたかの言葉がようわかっとらんようやな。」

―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。

考えてたさ。ずっと。
でも。

 「っるせーよ!」

 「つづみ!!」

飛龍が怒鳴った。条件反射で、肩が怒る。
                            
 「ワレぁアホか?信頼カンケーも何も無い友達ダチつこて、何が楽しいのや。学コシメるコトしか頭にないんか!!……よう考えてみぃ。」

おもむろに声のトーンをあげ、そして優しく諭した。
不思議と心に沁みた。
……信頼関係も何もない、ダチ。
強いものが弱い者の上に立つ。長い物には巻かれろ。
その通りだと思ってた。

―――学コシメることしか頭にないんか。

学コの頭を殺る度、仲間は増えてった。
尊敬されて……。
……。

 「……べ、別に。お前に言われたから行くんじゃねぇからな。」

飛龍は、俺の言葉に微笑した。
俺は、轍生の側に駆け寄った。

  「轍生!!」

  「……つ、坡。た、助けにきてくれたのか、よ。」

轍生の苦痛にゆがむ顔が、少し和らいだ。
あたりまえだろ。思わず口にしていた。
俺は、男たちの群れをかき分け、腰を下ろして轍生を抱き起こす。

そうだ。尊敬なんて、本当はされてなかった。
どっかの学コから番格タイトルを奪う度、有頂天になってた。
でも、内心はびくついていた。
負けたら、仲間がいなくなる。そんな気がしていた。
現にそうだった。
俺は、負けられなかった。
プライドに賭けて。姑息で卑怯なマネをしてでも、勝たなきゃならなかった。
勝ち続けなきゃいけなかった。

男たちに背を向けた、その一瞬だった。

  「オラァ!!」

  「坡!!」

飛龍の声がした。

  「っつ……。」

左頬に激痛が走った。
銀色のナイフに、どす黒い赤の血液が光った。
飛龍は、俊敏な動きで男の右手をナイフごと蹴り落とす。
金属音が響いた。
その後は、あっという間だった。5人の男は、一瞬で飛龍に伸された。

  「大丈夫か?」

飛龍は無傷で笑った。
転がるように男たちは逃げていった。
また、差し出された、手。
俺は見つめる。

そうだ。 あの時のヤクザにだって、きっと飛龍なら勝てたんだ。
でも、飛龍は、手を出さなかった。
俺の、為に。
……。

負けたら、仲間がいなくなる。と、思っていた。
勝ち続けなきゃいけない。と、思っていた。
でも。
そうじゃないだろ。
そうじゃないはずだ。
本当の仲間っていうのは。本当のダチっていうのは。

  「……少しずつ。借りはかえしてくぜ。海昊かいうさん。」

俺は、海昊さんの2度目の優しい手を、借りた。
頬から滴れた血を、ぬぐう。
海昊さんが、如樹きさらぎ。さんが。俺に教えてくれた。
俺の目を覚ましてくれた。
やっと分った。
妙なプライド。そんなモン。いらねぇんだ。

 「坡!大丈夫か!」

轍生が俺の頬を心配してくれた。
大丈夫。と、俺の返答に轍生は心底ほっ。と、した顔をして礼を言ってくれた。
海昊さんにも頭を下げた。

 「悪かった……。」

轍生が俺にも頭を下げた。今までのこと。

 「いや。俺のほうこそ、ごめん。」

幼馴染で、ずっと一緒にいたのに。友達だと思っていたのに、本当の友達じゃなかった。
でも、これからは。

 「ワレがケンカに負けたかて、何も変わらん。」

海昊さんは、左エクボをへこませた。

 「そういうもんや、仲間って。虚勢張って人従わせたかて、そないなもん価値なんて、あらへん。そない仲間なんていてへんほうがええ。紊駕みたかかてそういいたかったんや。」

―――俺、おせっかいやくのすきじゃねーからよ。

そう。
自分で考えろ。ってコト。あんとき言われたのに、俺は気づきもしなかった。
如樹さんに勝ってたら、歯止めが効かなくなってた。

―――おめえ、なんか勘違いしてねぇか?

言い訳なんかじゃなかった。番格タイトルなんて、関係ない。と、一蹴した如樹さん。
バカなこと考えるな。と、俺を諭してくれたのに。
俺は、メンツばっか考えてた。
仲間を助けにもいかなかったくせに。

―――考えてみやがれ、てめぇの仲間が、てめぇを置いて逃げたワケをな。

仲間。なんかじゃなかった。尊敬なんてされていなかった。
虚勢張って生きてきた俺。
やっと、終止符が打てるような気がした。

俺は、海昊さんと如樹さんに心から感謝した。
この傷―――左頬。目の下から口にかけて斜めに裂けていた。
それに誓って、俺はもう姑息で卑怯なマネは絶対しない―――……。



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